Street dogs & cats

タイのバンコクで野良犬・猫保護活動をしています。 現地での野良事情を伝えたいと思います。

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我が家のわんこ紹介④~タイガー~

塀の向こう側の犬たち

4匹目はタイガー(♂)です。タイガーについて書くには塀の向こう側にいた3匹の犬たちのことを書かずにはいられません。私にとって最大のレスキューでした。

タイガーと出会ったのは茶々が我が家にやってきて1ヶ月ほどした頃、つまり2008年3月頃です。茶々の散歩コースとして通り始めたところに屋台が出ていて、その屋台のおばさんが茶々を指差して「この犬って、この辺をうろうろしてた犬じゃない?」と話しかけてきました。「そうです」と答えたらおばさんはとても嬉しそうに「なんて運のいい犬なんだろう、よかったね」と茶々の頭を撫で、そばにいたご主人と娘さんにも報告してました。そして私に「実は、ここにも犬が3匹いるのよ」と後ろを指差して言いました。屋台の後ろは誰かの土地ですが空き地になっています。といっても周りは高い塀に覆われて人が入ることはできません。こんなところに犬が?

「いつからいたのか私も知らないの。でもここで営業し始めた頃だから5年ぐらい前だよね。まだ子犬だった頃は隙間から出たり入ったりしてたんだけど、大きくなったので出られなくなったのよ。私たちはずっとこの子たちにご飯をあげてるのよ。だって誰もこの犬たちに関心ないんだもの」
のぞいてみたら確かに犬が3匹いました。屋台の方たちによるとこの3匹は最後の犬たちのようです。屋台を営業し始めた当時はもっといたようですが、中で死んでしまった犬や通りに飛び出して車に轢かれてしまった犬もいたということです。私はショックでした。中はゴミだらけ。ジャングルのように木が生い茂ってるけど雨が降れば屋根もないのでびしょ濡れになります。少しの雨なら平気でしょうけどタイの大雨は目も開けられないぐらい激しいのです。それよりもこの犬たちは一生ここから出られないのか。。。

とりあえず、おばさんの餌やりに協力することにしました。普段はおばさんがあげてくれてるけど、1週間に1度の休みの日や、田舎に帰ってる間などは私がご飯をあげに行きました。おばさんたちがいる日でも何かしら食べ物を運んであげたので犬たちはすぐに慣れてくれて私が来るのを待つようになりました。私は黒いオス犬をオレオ、白いメス犬をスノー、トラ柄をタイガーと名づけました。茶々とはしょっちゅうこの壁越しにガウガウしてました。

オレオとスノー
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タイガーとスノー
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屋台のおばさんも私もこの隙間から手を入れて食べ物を与えてました。水入れも設置されており、倒れないように工夫がされていておばさん一家の愛情を感じました。でも時々この中にゴミやタバコの吸殻などが入っていることがあり、おばさんは意地悪な人がいるもんだよねと憤慨してました。

どうにかしたいと思いつつ半年が過ぎ9月の半ば頃、オレオの異変に気づきました。ある朝、いつものように行くと吐いてました。近くにいって様子を見たいのにあの塀が邪魔で見れません。翌日には食欲もなくなり、目もおかしいようでした。獣医に連れて行きたい。でもどうやって?
その頃紹介してもらった個人で保護活動をやっているタイ人のCさんに連絡を取り、急遽様子を見に来てもらいました。実はこのCさん、この3匹を知っていて、ずっと前に避妊・去勢もさせたというんです。塀を登って犬を出してもらい、手術後にまたこの中に入れてもらったと言う。。。彼女はこの中なら安全だからと思ったらしいが、なんという浅はかな考えなんだろう。具合が悪くなったり、中で死んでしまうということを考えなかったのだろうか。もしそのときに路上に出してくれてればせめて普通の野良犬として生活できてたかもしれないのに。事故にあうなどのリスクはもちろんあるけれど、何年も塀の中で過ごした彼らは路上に出したとしてもサバイバルできないだろう。

Cさんは吹き矢のSYさんを紹介してくれると言いました。彼に中に入ってもらって麻酔薬の入った矢を吹いて命中させ、気を失ったところで捕獲し、獣医に連れて行くというのです。この土地には持ち主がいるので警察に見つかったら捕まります、が、そんなことは気にもせず、SYさんは塀をするするとよじ登って中に入りました。奥のほうまでオレオを追いかけて行きましたが外からはよく見えません。でも15分後には「捕まえたよ」と塀越しに声をかけてきました。弱っていたオレオは吹き矢を使うまでもなく、素手で捕まえられたそうです。内側の壁に穴があいていたのでそこからその土地に隣接した私有地を通らせてもらって私が待ってる外までオレオを抱きかかえて連れてきてくれました。

獣医ですぐに診てもらったら高熱で脱水症状も起こしてました。入院になるので私は自宅に帰り翌日お見舞いに行きましたが、ぐったりしてました。何も食べないので点滴してました。声をかけたけど反応はほとんどなし。でも1度だけ尻尾をぱたぱたっと振ってくれました。私だと気づいてくれたのでしょうか。オレオ頑張るんだよともう一度声をかけて家に帰りました。その日の夜に病院から呼び出されました。オレオはフィラリア、貧血、寄生虫だと言われました。もう治る見込みはほとんどないので安楽死も考えてほしいと言われました。

N先生は「オレオは今日はこのまま休ませて明日眠らせませましょう」と言ったところでスタッフが来てN先生の耳元で何か囁きました。 N先生は私の顔をすまなそうに見て言いました。
「たった今、オレオが亡くなりました」
安楽死させられるのが嫌だったのだね、野良犬らしく最期は自分で決めようと思ったのかななどとくるくると考え、顔を見せてもらって本当にオレオが逝ってしまったのだと確認すると涙が出て止まりませんでした。

オレオの犬生は一体何だったんだろうと私は考えました。ずっとずっとあの汚い土地の中で、ご飯をもらってたとはいえ雨風にさらされて生きてきた。でも私には感傷にひたってる時間はありませんでした。いずれこの土地はマンション建設のために取り壊されると聞き、残された2匹、スノーとタイガーのことをレスキューしなければならなかったからです。私はそれからいろいろな人に相談しましたが、皆、答えはいっしょ。出したところで行き場所がない、人間慣れしてない犬は里親も探しにくい、だったらこのまま置いておいて環境を整えてあげる(雨風をしのげるようにシェルターを設置するなど)など。

ところが一人だけレスキュー協力を申し出てくれた人がいました。その頃LIVING WITH DOGSというサイトで微笑みの国の路上犬というエッセイを書いていたタイ在住のN.Oさんです。N.Oさんが書いていたこのエッセイを読んで私の方から彼女に連絡を取ったことからN.Oさんとのおつきあいが始まりました。N.Oさんのわんちゃんが訓練に行っていたバンコク郊外のドッグスクールオーナーのPさんが事情を理解して下さり、費用はすべてこちらでもつということでスノーとタイガーをあの土地から出した後に2匹を引き受けることを承諾して下さいました。

そしてスノーとタイガーのレスキューが始まったのでした。 (続く)
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| 我が家のわんこ | 23:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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